チヌ釣り名手・大知昭ヒストリー 【第9話】優勝そして「チヌひと筋」の修行時代

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チヌフカセ釣りの名手・大知昭(おおち あきら)さんのチヌ釣りのルーツや数々の栄冠を手にしたトーナメントへの取り組みなどを連載で紹介! ※プロフィールなどは2014年当時のもので現在と異なるものもあります。写真は主にモノクロとなります。ご了承ください。

大知昭ヒストリー 9回
大知昭/シマノインストラクター、マルキューアドバイザー、金龍鉤スペシャルプロスタッフ、キザクラフィールドテスター

練りエサとの出会い

準決勝での勝利で大知さんは勢いに乗って決勝戦を迎えた。だが相手は優勝候補の筆頭である徳島の名手・江頭弘則選手だった。江頭選手はこの大会、毎試合3~4匹という群を抜く釣果で勢いも味方につけての勝ち上がり。サシエには『イモちゃんダンゴ』(※)を多用していたという。

(※)『イモちゃんダンゴ』=九州の名手・妹塚壮輔氏が考案した練りエサ

弟の豊さんとともに決勝トーナメントを観戦していた宮川明さんは、豊さんにこう言った。

宮「兄貴は、練りエサ持ってないんかぁ?」

豊「持ってない……」

宮「有名な『イモちゃんダンゴ』知らんのかぁ?」

豊「……」

豊さんは負けた選手に頼んで『イモちゃんダンゴ』を譲り受け、大知さんに手渡したという。

「このときはオキアミで勝ってたこともあって、正直言って半信半疑だったんだよね。でも豊が必死な顔で『持っていけ!』って言うから、じゃあ、まぁ、一応ね……って感じだったのを覚えてるよ。まさか助けられるなんて夢にも思ってなかった」

と苦笑いの大知さん。

こうして「野崎5番」で決勝戦がはじまった。前半、大知さんは左側の釣り座に入った。カケアガリがわりと近く、その沖は砂地、手前にはシモリが少しあった。大知さんはその効果を早めに見てやろうと『イモちゃんダンゴ』を期待半分、不安半分の気持ちではじめてハリに付けた。

第1投は25mほど沖に仕掛けを投入。そこに向けてバラバラとマキエと追い打ちする。いつものスタイルだ。今大会で使ったウキは、試作のため余浮力が少しあり、使いづらい場合が若干あったが、比重がある練りエサだとシブシブの状態となり、いい感じでウキの下にセットした黄色のゴム管が沈んでいったという。

そして3投目に竿先に小さなアタリ。しかしこれは素バリに終わった。

「チヌか? エサ盗りか?」

大知さんは続く第4投も『イモちゃんダンゴ』を付けて投入した。仕掛けがなじむとまもなく、ウキがスーッと入った。そして大知さんはなんなく34cmほどのチヌを手中にした。それまでの試合、チヌを食わせるのに苦労してきた大知さんは、開始早々にアタリが頻発したことに対してこう思ったという。

「この練りエサは恐い! ってね。そして自分の釣りになくてはならないものになるんじゃないかと思ったよ」

こうして大知さんは決勝戦序盤、俄然有利な立場に立った。普通なら気分的に楽になったはずだ。しかしこのときは逆に不安が襲ったという。食い方から、チヌの活性が高くなることが予想されたからだ。「江頭選手が(この釣り座に)入ったら、入れ食いさせるかも……」と考えた大知さんだったが、その後、チヌの食いはこれまでと同様にまったく渋く、残り1匹の釣果が決定的となる状況で緊迫の後半戦へ突入していった。

大知昭 練りエサ マルキユー
現在大知さんの釣りを支える練りエサたち。この大会での出会いが大きな転機になったのだ

優勝! しかし・・・

本後半戦。大知さんは右の釣り座に入った。一応、沖を遠投して攻めてみたが、まったくアタリがないので、すぐさま手前のカケアガリに狙いを変更。シモリに仕掛けを這わせる攻めの釣りに出た。サシエはここまでですっかり信頼を置いた『イモちゃんダンゴ』だった。

すると流れになじませたウキがもたれたように沈んでいった。軽くアワセを入れると、準決勝の再現のように重量感ある引きが底を這いながら左へ走っていった。対戦者との境界線を越えても走りは止まらない。これ以上走らせると、相手の釣りを妨害してしまう。すなわち、この魚が失格となってしまう状況となった。

チヌが走っていく方向、江頭選手が釣っている場所の手前にワカメが生えたシモリが見えた。テンションをかけたままだとチヌはどんどん江頭選手のポイントまで行ってしまう。大知さんはとっさにシモリの直前で道糸を余分に送り、テンションを緩めてチヌを泳がせた。自由になったチヌは、予想どおりそのシモリに突っ込み、藻に張り付いた。チヌの突進を止めた大知さんは失格を免れた。

「それと同時に、これで取り込めそうだと思ったよ。藻の中での取り込みには自信があったからね」

あえて藻に突っ込ませて取り込む。大知さんならではの策だった。態勢を立て直した大知さんは、普段どおり広島湾での藻の中での取り込みを実践。九州の多くの選手が、初めて見る取り込みだったという。

やがてチヌは藻を抜け、大知さんのエリアに帰ってきた。大知さんはゆっくりとやり取りをし、45cmのチヌを玉網に収めた。

大知さんの釣果は2匹で2,280g。強豪江頭選手に対し、堂々の優勝を勝ち取ったのである。

試合後、大知さんはこう言ったという。

「観戦していた九州の人たちが自分の釣りや取り込みに賞賛の拍手を送ってくれたことが、なによりうれしかった」

大知さんは全国規模のハイレベルなこの大会で優勝という実績を残すことができたのである。そして得たものも大きかった。ひとつは、トップレベルにある九州の人たちから認められたこと。もうひとつは、開発中の『大知ウキ遠投スペシャル』に自信を持ったこと。さらにもうひとつは、革命的な出会い「練りエサ」だった。

大知さんはこの大会を機に、全国からチヌの名手として一目置かれるようになる。そして大知さん自身、「チヌひと筋」への転換期を迎えたと感じていた。しかしそれは「辛抱の釣り」のはじまりでもあったという。

東レカップの大知昭
いきなり手にした練りエサを信頼し、勝ち取った優勝。この吸収力の高さも大知さんの強みだ

辛抱の先には

大知さんが優勝を飾った大会が開催された1990年代後半は磯釣りトーナメントが全国的に盛り上がり、多くのメーカーや団体が主催する大会が各地で行われるようになっていた。しかし大会の対象魚は、ほとんどがグレだったそうだ。

「報知グレ釣り選手権名人位」を2期防衛した豊さんは、その後もさまざまなグレ釣り大会にエントリーし、活躍していた。一方、東レカップチヌ優勝後、チヌ一本でいく決意をした大知さんは、トーナメントに出る機会がほとんどなくなってしまった。当時はチヌを対象とした大会がほとんどなかったからだ。

しかしチヌ名手として、雑誌、ビデオなど多くのメディアから全国各地の釣り場で取材を受けるようになった。

取材では絶対的な釣果が求められる。大知さんは未体験のフィールドで、これまでの自分の釣り、軽い仕掛けを浅ダナから入れていく釣りではどうにも対応できない場合が多く、苦難の連続だったという。

若狭湾では、足元から竿3本以上の深いタナと複雑な海底地形、底潮に遭遇。数少ない良型チヌを水中ウキ仕掛けでなんとか射止めた。

佐渡ヶ島では、瀬戸内とは比較にならない大変な量のエサ盗りが出現。超遠投とマキエワークで貴重な1匹をものにした。

五島列島の玉之浦では半端でないガラモの帯の中、50cmオーバーの数釣りを体験。1.5号のハリスで57cmを取り込むことができた。

地元広島での取材は、もっぱら遠投釣法を強調した内容が多かったという。四国沖をまさに台風が通過しつつあるそのとき、大知さんは打ち寄せる大波に足元を洗われながら、風上に向かって40m以上マキエを投げ続けた。度重なる遠投の取材でヒジを故障し、半年近く遠投をセーブせざるをえない時期もあったが、遠投の必要のない波止やイカダで深ダナの釣りに取り組んだという。

「取材で普段体験できない釣り方、釣れない海での1匹は、自分自身の釣りに大いにプラスになったね。そういう経験が引き出しを増やしてくれたよ」

たとえば取り込みでは大きく4つのパターンを習得したという。1つは、竿の弾力を生かして一気に浮かせて取るやり方。次に、魚を泳がせてラインの出し入れで取るやり方。3つめは藻に入った場合で、怒らせずにチヌの動きで抜くやり方。4つめは、周りが藻に囲まれた狭い場所でチヌを掛けたとき。この場合、魚を泳がさず、段々と縦に浮かせるという。

また全層の釣りでは、常に思うように仕掛けが抜けるとは限らない。仕掛けが入らないときのラインの修正、入り過ぎるときのテンションの掛け方を苦闘の末、習得。親ウキは微妙に浮力の違うものを用意(00号でも4種類あるという)するようになったり、ナビの『ふかせアタリウキ』との組み合わせも9種類になったという。

「トーナメントに出る機会は少ない数年だったけど、チヌ釣り技術は大きく進展していったときだったね」

そんな2001年。「第1回マルキユーカップチヌ」の開催が決まった。しかも舞台は広島湾。この大会へ、大知さんはインストラクターとしての出場が決定。地元開催での推薦出場に「優勝して当然」のプレッシャーがのしかかった。

しかし

「目標がないと釣りは伸びないし、新しい釣り方、考え方も出てこない。普段の釣りでもなにか目標を持っていくことが大切」

大知さんにとって、「優勝」という目標はプラスの刺激となった。

大知昭とチヌ
本誌取材で「これはもう無理だろう」という状況下で大知さんはミラクルを何度も起こしてきた。これは2008年1月。山口県上関沖で雪混じりの雨の中、風裏の無名磯で引き出した1匹
大知昭 境水道 チヌ
初めての場所は誰でも不安。しかし「大知さんなら釣る」という周囲のプレッシャーはどこでもつきまとう。これは初めての竿出しとなった鳥取県境水道で得た50cmオーバー

【第10回】に続く

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